1月12日礼拝メッセージ「しもべの繁栄を喜ばれる主」

「しもべの繁栄を喜ばれる主」(詩篇35篇1節から28節)

「私の魂に言ってください。『私があなたの救い主』だと。」(3節)

詩篇35篇はダビデが逆境の中で苦しみの時に救いを求めて祈った(嘆きの歌)であると言われています。

ダビデは人の裏切りによってその逆境に陥れられたのです。しかも(11節)以下に書かれているように、それは彼が親か兄弟のように親しく愛していたものからの裏切りでした。それだけにダビデの苦悩は人一倍大きかったと思われます。

そのような苦しみの中からの神様の叫び、それが「私があなたの救いだと彼の魂に言ってください」と言う彼の祈りとなったのです。どんな暗闇のような逆境の中にあっても「私があなたの救いだ。」と神様から語りかけられるほど力強いことはないと彼は信じていたからです。

どんなに権力のあるひとからあるいは財力のあるひとから後ろ盾になるといわれるよりも、どんな名医から癒しの約束を受けるよりも力強い神様の救いの約束の言葉を彼は求めたのです。ヨハネよる福音書4章にカペナウムの役人の話が出てきます。彼は、イエス様に来てもらって彼の息子に手を置いて癒してもらおうと思っていました。しかし、イエス様は直接行かれずに言葉だけを与えられました。そこで彼はじぶんんい語られたイエス様の言葉を信じて帰っていきました。信仰とはまさにこのことなのです。

しるしを見て信じるのではありません。信じていくところに、しるし、奇跡がおこってくるのです。イエス様が「あなたの息子は助かるのだ」といわれ、カペナウムの役人がそれを信じたときにその時点で彼の息子は癒されたのです。大切なことは、私たちがまず神様の実言葉を聞くということ、そして、語られた御言葉をしっかりと信じて受け止めることです。なぜなら、神様の御言葉には私たちの魂を救う力があるからです。

ヨハネ福音書の最初に「はじめに言葉があった。言葉は神とともにあった。言葉は、神であった。」とあります。ここに、イエス様ご自身が言葉として表現されています。私たちは、イエス・キリストの来臨という歴史的事実において、神様の言葉の啓示を受けているのです。そして、それはイエス・キリストを通して神様が私たちを愛してくださったということです。あのイエス様の十字架のご生涯を通して表された神様の藍を知らされていることがどんなに力強いものであるかもう一度覚えたいものです。